ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下) (新潮文庫)

ガリア平定を成し遂げた後、元老院派のカエサル追い落としに対抗してルビコン川を渡る。ガリア平定はヴェルチンジェトリックスとの決戦は読み応えがあった。パルティアでクラッススが戦死し三頭政治の一角が崩れ、ポンペイウスが元老院派に取り込まれ、三頭政治が終焉する。

・先見性は必ずしも、知識と教養とはイコールにはならない。

・「ガリア戦記」に関しカエサルは、叙述は正確を期した。自らの誤りも正確に記し、敵側の理由も公正に記した。カエサルは、正確に書くことこそ自分の考えをより充分に理解してもらえる、最良の手段であると知っていたから。

・カエサルは、理(ことわり)で進める彼の論法を、一般向けであろうと変えなかった。人間は、自らの性格にあったやり方が、最もよくやれるのである。

・私個人は、先にも述べたように、虚栄心とは他者から良く思われたいという心情であり、野心とは、何かをやり遂げたい意志であると思っている。他者から良く思われたい人には権力は不可欠ではないが、何かをやり遂げたいと思う人には、権力は、ないしはそれをやるに必要な力は不可欠である。ところが、虚栄心はあっても野心のない人を、人々は、無欲の人、と見る。またそれゆえに、危険でない人物、と見る。かつがれるのは、常にこの種の「危険でない人」である。
他者からどう思われようと意に介さず、かつ公的にはやり遂げたい何ものかをもたない人は、実質的な隠居人生に徹するほうが、人間社会に害をもたらさないですむのではないか。古代ではそのようなライフ・スタイルを、エピキュリアンと呼んだ。これとは反対に、何かをやることで人間社会に積極的にかかわるライフ・スタイルを選んだ人を、ストア派と呼んだのである。