夜と霧

言わずとしれた心理学者ヴィクトール・フランクルのユダヤ人強制収容所の体験記。読みたいと長年思っていたが、暗い気持ちになりそうで、手に取るタイミングをはかっていた。今回、ようやくそのタイミングを得た。読んでみると、思ったほど暗い内容ではなく、平常心で読むことができた。以前読んだアイヒマン調書は暗澹たる気持ちになったのに。気分が明るいときに読んだせいもあるかもしれないが、恐ろしい出来事であっても所々にユーモアが入った表現になっていることと、起きたことや感じたことを心理学で客観的に考察する文章構成になっているためであろう。極限状態に置かれた人間の行動と、そうさせる心理状況が、リアルに書かれている。自分の身の回りで起きていることにも似ていると感じることも多々あった。親衛隊に見つからないように目立たないようにする振る舞う行動は、減点主義の職場における現状維持の社員の行動に、更に、弱者の選択に書かれていた生物の生き残り戦略にも似ている。更に、夢も希望も持てなかったため収容所から開放されても喜びを実感できない離人症は、厳しいプレッシャーのもとで仕事を達成しても喜びより安堵の方が大きいときに似ている。加えて、収容所から開放された後の人の行動観察も興味深かった。権力と暴力、不正の枠組みから開放されても、枠組みはそのままで、立場が支配する側に変わったと認識してしまう。枠組みが変わったのに。会社で立場が変わったときに気をつけたい。
 それと、死を悟った女性の悟りの境地。運命に感謝する、何不自由なく暮らしていたら精神がどうこうなんて考えなかった、という内面性を深めた発言をする。高橋源一郎さんのエッセイに出てくる障害を持った子供の世話をする親御さんの感謝の言葉と一緒だ。

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夜と霧 新版