「砂漠の狐」回想録――アフリカ戦線1941~43

ナチスドイツのロンメル元帥の回想録。作戦図と合わせて戦闘状況が詳述されている。戦術のスペシャリストであったことがよくわかる。回想録なので脚色されている可能性もあるが。最終章に勝利、敗戦の経験を踏まえた考え方がまとめられている。日本と同じような問題をドイツもかかえていたことがわかる。組織として新しい考えを取り入れたアメリカが優位に立ったことがわかる。

・ヨーロッパ諸国民にあっては、伝統に縛られる傾向が強い。
 彼らは、根本的なことに関しては、過去の偉人たちの見解で満足し、ただ細部を突き詰めていった。
 すべてが複雑化され、戦争指導は文書の往来になった。
 そして自らの見解をあらゆる手段で擁護した。
 もっとも素朴に、現実に即したやり方を取ろうとする試みなど、眼もくれなくなった。

・一方、ドイツは、ヴェルサイユ条約により、空軍、戦車部隊の発展が阻害・中断された。加えて、ナチズムの台頭により、近代的な考えの人が参謀本部に加わることができた。これらにより、過去の延長上の発展でない、新しい軍隊ができ、フランス、英軍に対する優位ができた。

・にもかかわらず、ドイツ将校団の大部分は、いまだ古い先入観から逃れられなかった。徹底的に近代化しようとする試みに抵抗した。歩兵こそ陸軍の構成要素という主張に固執した。しかし、将来に向けて準備する場合は、そうではない。いかなる戦術的考察においても、その中心に置かれている戦車にこそ、未来が開かれているのだ。人間は、経験済みの処方箋や経験に頼るものだ。が、それは往々にして旧式になっているから、正しくないと証明されてしまう。その結果、国家元帥や親衛隊国家指導者は、自分たちの方が戦争指導をよく知っていると思い込み、大きな弊害をもたらす。

・過剰なまでの理論のがらくたなど一顧だにしなかった。そんなものは、とっくの昔に技術的発展に追い越されていた。古い理論にしがみついていた将校は、われわれを、運まかせで素人同然の連中だとみなした。

・機械化により多種多様な戦術的可能性が生じ、会戦のなりゆきも大まかにしか予想できない。従って、精神的な敏捷性、進んで責任を引き受けるような態度、目的にかなった細心と大胆さ、麾下部隊に対する大きな権限、といったものが今後重要になる。

・ドイツは、対戦前に近代的な装甲部隊指揮に関する理論が固められた。一方、イギリス軍は歩兵戦車の域を出なかった。イギリス軍も欠点を認識し自動車化を進めたが、将校や司令官にあらためて教育訓練をほどこし指揮機構を改編することは、速やかにできるものでは無かった。

・モントゴメリーは前任者の苦い経験を精査することができた。経験こそが権威であり理屈倒れになることは無かった。モントゴメリーの原則は、勝てると確信したときでなければ、会戦を行わないということだった。

・アメリカ軍が近代戦の要求に適応したその速やかさたるや、驚嘆に値する。彼らが極端に実践的で物質主義的な考え方をすること、伝統や意味のない理論になど何の理解も示さないといったことが寄与している。

・今日では、どの国民が最古の伝統を持っていて、いちばん犠牲心に富んでいるかとうことは、もはや決定的でない。誰がより多くの石炭と鉄鋼を生産できるかが決め手になるのだ。

・アメリカ軍は、アフリカにおける経験から、イギリス軍よりもはるかに広い範囲にわたって結論を引き出したとみることができる。この例はおそらく、教育のほうが再教育よりもたやすいという原則を証明するものだろう。