日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実

太平洋戦争における日本兵の死亡、傷病原因を資料から調べ現実を明らかにし、昨今の日本軍礼さんに警鐘を鳴らす本。国力差があるのに、戦線を拡大する無謀さ。その結果、補給が途切れ、自滅。高尚な戦争理由があったとしても被害があまりにも大きい。

・日本の戦没者は310万人。その9割が1944年のサイパン島陥落以降。
・アジア・太平洋での各国の戦没者数。
アメリカ:10万人
ソ連:2万2694人
イギリス:2万9968人
オランダ:2万7600人
アジアでは1900万人以上。最大の被害者。
 中国:1000万人
 朝鮮:20万人
 フィリピン:111万人
 台湾:10万人
 マレーシア・シンガポール:10万人

・日中戦争の戦病死者の割合は50.4%。
戦死:1万2498人
戦病死:1万2713人
・環境の悪かったアジア、太平洋地域は、戦病死の割合が日中戦争より多いと予想される。統計がない。
・フィリピンでは51万8000人が死亡。そのうち、約6割が戦病死と餓死と思われる。

祖父から聞いた話を思い出した。そして、中国に出征していた父方の祖父から聞いた話が本当だったのだと。
「戦争末期、手ぶら、わらじ履き、竹筒の水筒を持った兵士が補充されてきた。それで戦争に負けたと思った。」
それも、孟宗竹による代用水筒など、組織的に。
その他は、
「三八銃で鳥をうって食料にしていた。弾をそのまま使うと威力が強すぎて鳥がバラバラになってしまう。だから、薬莢の火薬を減らして使っていた。火薬を減らしすぎると、銃身の中で暴発して銃身が膨らみ、銃が使えなくなる。そういう使えなくなった銃をもって戦闘に出ている人もいて皆に笑われていた。」
「日本軍の戦車がアメリカの戦車より小さいので、豆タンクと呼んでいた。」
などなど。
母方の祖父からもいろいろ聞いた。
「宿舎では夜もたたき起こされ、殴られて寝れないので、便所に隠れて寝てた。」